このブログから約8ヶ月半、このタイミングで、アンサーブログ?続編?を書くことになった。
10月25日、大阪松竹座 にて、舞台「ANDO」が大千秋楽を迎えた。2日前に大千秋楽での特別カーテンコールが発表されて、ジュニア情報局会員限定無料配信が行われた。
ぶっちゃけめちゃくちゃ身構えた。カテコ配信なんか前代未聞、なにが起きるのか分からなすぎて。
結果としてはみなさんご存知のとおり、だった。ANDO50公演を経て、の挨拶ではあったんだけど、やっぱり彼らのここ半年強の足跡と、ANDOという物語、もっと言うならおそらくMASSARAからが、いまの彼らと地続きになっていて、切っても切り離せないものだったから。
なにが真実だったのか、嘘だったのか、ひた隠しにされていたのか、まだ世に出ていない言葉が、思いがあるのか、そんな話をしたらキリがないので、この日感じた事とこれまでの事を書こうと思う。
ぶっっっちゃけると、ショックだったというよりは、「まあそうだよね、」という気持ちの方が大きかった。
これは昨今の情報垢( )の内容を鵜呑みにしてるとか、時系列論がどうとかじゃなくて。
1年と少し前、and JOY!の初日を迎えたあの日、ほんの少しの違和感を覚えて。それでも彼らはいつもと変わらない笑顔でそのステージの上にいて。でも拭えなかった違和感は日に日に少しずつ降り積っていって。現場で、自分の肌で感じたからこそ、なかったことには出来なかった。思えば言葉にしてないだけで、その頃からわたしの心の中ではある程度覚悟を決めなきゃいけないという思いはあったのかもしれない。*1
秋を過ぎた頃には無視できないくらいの、現場に通ってない人でも分かるくらいの異様な空気がジュニア全体に流れてたから、どちらにせ時間の問題なのは分かってた。分かってたけど、どうしても諦めがつかなかった。
6人でいるところをいつまでも見ていたかった。MASSARAのケイのセリフにあった「楽しくなくてもいいから、みんなといたい」 これがずっと胸につかえて苦しかった。本当にそういう気持ちでいっぱいだった。茨の道でもいいから、行先地獄ゆき特急列車だとしてもいいから、いつまでも6人でいてほしかった。前述した通り分かりきってたはずの未来から目を逸らして、彼らの言葉ひとつひとつに縋ることしかできなかった。今だから言う*2 けど、SHOWbizのオーラスでとあるメンバーに「7 MEN 侍 これからも好きでいていい?」ってカンペも見せた。普段のわたしなら絶対持たないようなカンペだけど、その最後のひとかけらですら拾い集めないと気が狂いそうだった。対応してくれた彼には、あのとき笑顔で返してくれて、最後まで信じさせてくれてありがとう。って、やっと言える。
だから、0216を迎えた時も、ショックで苦しかったけど、「どうしてなの」みたいな気持ちはあんまり無かったかもしれない。いやまあ根本的な問題というか、大元でどうして解体再編成が行われることになったのかは分からないままだけど、こうなるであろうって結果は分かっていた上で半年間目を逸らしていたのは自分なので。
あの日から約8ヶ月、未だに2人の姿はまともに見ることが出来ていない。First Beatでの見学は座席位置的に見えない場所で助かった。ツアーは友人に誘われていたが結局ぴあアリーナでのB&ZAIフェス出演が被ってしまって断ってしまった。セトリだけ薄目で見たが行ったら気が狂ったかもしれないな、とは思った。実は夏に忍者の公演に入った時に見学の大光には出くわしてしまい、胃がキュッとなった。*3 *4 嶺亜の姿は未だに生で見ることはなくて、たぶんみたら泣いてしまうんだろうな、とも思ってる。おたくと同じように、あの日から4人とも、2人の名前はめっきり出さなくなってしまい*5 、ああ、こうやってこの先何もなかったかのように、何となく進んで、やっていくんだろうなってぼんやりと感じていた。
そんな思いを打ち砕かれたのが大千秋楽のカーテンコール挨拶だった。
先述した通り「まあそうだよね」の気持ちが先行しており、7割くらい解けたと自負していたテストの答え合わせをしているような気分だった。やっぱりそうだったんだな、そりゃそうだよね、なんて思いながら、矢花と琳寧の挨拶まで聞いて、どちらかと言うとわたしは、会場のすすり泣く音を聞きながら頭が真っ白になりそうだった。流れが変わったのは、こんぴの挨拶が始まった時。
侍担だった人達ならわかると思うが、こんぴが表舞台で涙を見せたことは知っている限りいままでおそらく一度もない。まあ侍6人がそもそもそういうことが少ない集団だったけど。だからこそ、こんぴが涙を見せる隙が出来てしまうくらい、私たちには想像も出来ないくらい辛く苦しい時間を過ごしてきたんだなって思って、ただただしんどくて泣いた。
でもそれと同時に、ああこのメンバーは、誰かが涙を流していたら、受け止めて、寄り添ってくれる8人なんだな、って、ホッとしたのもよく覚えてる。長い長い暗闇のような時期を乗り越えて、B&ZAIってそういうチームになったんだなって。
そして彼らの挨拶を受けて、「MASSARA」はやっぱり決別の物語であり、「ANDO」は始まりの物語だったんだなって改めて思った。全部全部、脚本も演出も、全てを踏まえた上で創られていたんだなって分かってしまった。ANDOの初日から大千秋楽まで、わたしは「わたしの正解を見つけるため」の公演期間だと思ってこの舞台に通い続けてきた。いろんな考察ブログやツイートが散見されるけど、結局のところただただシンプルに、「今の彼ら」を描いてくれてるんだなって、終盤戦になってぼんやりと感じた。今の彼らって、何を言われても、何があっても、前を向いて歩んでこうとしてるんだ、8人で手を取って。って。
わたしなりの解釈と彼らの想いが交錯した気がして、なんか、結果的に「安堵」できたのかもしれない。彼らの思惑通り。
だから、世間的にはまあ、賛否というか物議というか色々あったのは分かっているが、結果的に、あのカーテンコールがあって良かったな、と私自身は思っている。
まあでも、そうは言っても実際やってられなくて終演後は(も)めちゃくちゃ泣いた。ありえないくらい泣いた。カテコが押しすぎたせいで居酒屋に入る時間もなくて、えびす橋のまえで友達みんなで缶チューハイ を買って開けて飲んだ。涙を堪えきれなくて、でも多分、彼らもわたしたちもこれから前を向いていくための一日だったから、信じられないくらいくだらない話*6 をしながら笑顔で酒を飲んだ。こんな気持ちのときに、寄り添って一緒にいてくれる友達がいて良かったなって思えた。カテコで克樹さんや他のみんなが涙を流した時に、駆け寄ってくれる仲間がいるみたいに。克樹さんからもらった縁だから、ずーーーっと大事にしたいなっておもう。克樹さんに今、涙を拭ったり肩を抱いたりしてくれる仲間が傍にいて良かったなって本当に安心した。
そして、大千秋楽から1週間。舞台「ANDO」のテーマソング、「Ain't No Dream Over」がYouTube で公開された。
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ぐちゃぐちゃの感情をひた隠しにして前を向こうとしてきた夏を一瞬で無碍にするかのようにかき乱された初日。そこから大千秋楽までを振り返ると、この曲の印象も随分変化した。
「ケイ」だった彼は、今年「モッチー」として板の上にいた。アンドウとの終盤のシーン、「この曲のタイトル、『夢は終わらない』って意味だろ」と問いかけた。改めてそのセリフを噛み締めながら観劇した日、彼らの夢はまだ終わらないし、終われない、そのためにB&ZAIがあるんだなって、素直にストンと腑に落ちた気がした。
克樹さんのパートから始まる2番の冒頭「強がり並べても 自分には嘘つけない 置き去りの昨日 迎えに行こう」という歌詞がすごく好きで。彼らもそうなのかもしれないけど、0216に置き去りになっていた気持ちも丸ごと抱きしめて、前に進むための力を貰えたな、と改めて思っている。
長かった夏が終わって、彼らは76公演というとんでもない公演数をやり遂げた。
76公演の半分弱くらいは彼らとの時間を過ごしていた、と思う。B&ZAIのことが本当に愛おしくて大好きで、これからにすごく期待してる。だけど0216の時に抱けなかった、6人にありがとうを言う勇気はやっぱりまだない。たぶん2人の姿を見る勇気も。でもいまは、それでもいいなって思えた。
その時は突然訪れるかもしれないし、自分で自分の心に区切りをつけるかもしれない。じわじわと時の流れが解決してくれるかもしれないし、そんな日は一生来ないかもしれない。けど。でも今は、その思い出と共存しながら、歩んでいく覚悟ができた。きっかけをくれた10月25日には感謝してる。彼らの「夢は終わらない」、きっと、まだまだこれからも。