All of My Love

あいどるがおいしい

一周忌

 

今でも鮮明に思い出せる、サーっと血の気の引くあの感覚と、それに反するかのような明るい色合いの特設サイトをぼーっと眺めるしかできなかったあの瞬間。おたくは無力だとわたしは20年弱のおたく人生で何度も唱えてきたけど、あの日ほどそれを痛感した日は後にも先にもないだろう。というかこの先は無くあってほしい、切実に。

 

 

あのあと、2日かけてなんの気持ちも整理されてない文章をインターネットの海に投げた。4月の単独主演舞台の大千秋楽と、6月の初アリーナライブをみて、何があってもこの人からは離れられないと思った。夏は初めてのステージを彼らと一緒にたくさん経験した。秋にはグループで主演舞台をやって、大千秋楽には予定の倍以上のロングランカテコで、もう二度とこの人たちの泣き顔を見ることがありませんようにと願った。

 

 

ANDOのカテコのことをブログに書いて以降、それでも尚、ふたりのことは能動的には視界に入れられない。横浜アリーナのSTARTO FESTIVALにもそこそこ入ったが、やはり初日に肩を組んでいた姿のショックはそれなりにデカかった。嫌だったとか嫌悪感とかのショックではなく、なんというか、衝撃の大きさの問題。シンプルに正面から殴られたみたいなそれ。該当ユニットのコーナーもしんどくて俯いて耐えることしか出来なかった。周囲からみたら態度悪く見えただろうなとは思うし申し訳なさはある。

 

 

視界に入れることは出来ない現状と裏腹に、6人でいたときのことを思い出す時間が少し増えた。思い返せるようになった、という方が正しいのだろうか。

6人と歩んできた何年もの思い出を、あれもこれも楽しかったねって少しだけ蓋を開けて覗いてみては胸がギューってなってまた蓋をする、みたいな繰り返し。だれに言われた訳でもなく自らそうしている、のはなんでだろうって思うんだけど、シンプルに、楽しくて何よりも大切な5年間だったから、忘れたくないなって思えるから、なんだろうな。1年かけてやっとそこまでたどり着いた。楽しかった思い出は、楽しかったままでいいんだ。

 

 

なにか大きなきっかけがあったとか、それこそスタフェスで吹っ切れました〜!みたいな話とか、決別して歩んでいきます!みたいな決意表明とか、そういうのの方が読み物としては面白いんだろうけど、わたしは2025.2.16という境界線を、まだ曖昧なままにしておきたいらしい。

それと同時にわたしはどこまでいってもジジイのつくった事務所育ちのおたくで、波乱万丈にも奇想天外にも慣れっこだったなってことが分かったし、人間やはり思っているよりも感情って持続しないってことも実感した。今の彼らを抱きしめたいくらい愛おしく思う気持ちが今大きくあることを、幸せだなって思える。苦しくて腹立たしくてやるせない気持ちだったけど、ここに至るまでの1年間は決して不必要なものじゃなかった。

 

 

 

「B&ZAI」

今日はこのグループ名がこの世に産声をあげた日でもあるらしい。

元々、好きだなって思える8人が集まったなって思ったけど、1年間でこんなにも愛すべきグループになったね。進化していくグループを見るのが楽しくて仕方なくて、この8人でどこまでも上り詰めていくところが見たいなって心から思ってる。

焦るとか、憤りとか、今でも感じる瞬間が無いわけじゃないけど、B&ZAIの8人だから、もう一度その先を夢見ようって思えたんだよ。信じさせてくれてありがとう。やっぱりファンネームを名乗るのっていつまでも慣れないんだけど、BaetZでいられて幸せだなって本当に思ってるよ。2年目もその先も、8人に幸せなことだけが訪れますように。

 

 

少年忍者について

 

ぜんっっっぜん、何も考えられないまま今日を迎えてしまった。下手したら、2月16日の時よりも、なにも考えられてないかもしれない。富士急の後編が終わったあたりからYouTubeも見られていない。きっと今日が終わって、ゆっくり、ゆっくり受け入れたその先で、少しずつ見ていくことになるのかな、とも思う。

 


檜山光成という才能に出会ったのは忘れもしない2020年8月1日のことだった。川島如恵留さんの配信ライブのバックで、青木くんのキーボードに合わせてコンテンポラリーを踊る如恵留のさらに後ろで、演技をしながら舞うように踊る彼に釘付けになった。

その時点でわたしはほぼ克樹さんのおたくをすることを心に決めていたから、結局檜山くんをいちばんの自担にすることは結局なかった。けど、節目節目で彼の姿を、彼のパフォーマンスを目に焼き付けてきた。そして彼を通して、少年忍者に私なりに、向き合ってきた。

 

少年忍者というグループは、本当に紙一重の存在だったな、と思う。生かすも殺すも、どう転ぶか分からないシーソーゲームみたいなグループだった。でも、だからこそ、そこに詰まってる可能性が、熱量がとにかく楽しくて、熱くて、眩しくて。何度も何度も忍者に胸を打たれてきた。出来ることならずっとそうであればいいのにな、と、可能性が煌めく道筋を探せる未来があればいいのにな、と何度も思った。22も21も16も大好きで、その度に、どうすればこの先の道筋を先へ先へ伸ばせるんだろうな、と、願うように祈るように思い浮かべることしか出来なかった。

 


仕方ないことなのかもしれない、と、思わないのかと言えばそれはウソになる。端的に言ってどこよりもそういう可能性をはらんでいたグループだったとも思っている。
でも、この5年と少しで、檜山くん以外にも、たくさんの煌めく存在を知ってしまったから。漠然とした不安の中にやはり今は、いる。おたくってやっぱり無力だなあと思いながら、11月30日の23:59を迎えるのだろう。

 

 

たくさんのドキドキをくれてありがとう、という気持ちと、どうか16人みんなのこの先が幸せなものでありますように、という気持ちがかろうじてある。寂しいも苦しいも、もっと複雑な感情も胸の中にはいるんだけど、そんな気持ちも一緒に詰め込んで、少年忍者という宝箱に、みんなと一緒に鍵をかけようと、思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2025.10.25を受けて

 

 

このブログから約8ヶ月半、このタイミングで、アンサーブログ?続編?を書くことになった。

 

 

10月25日、大阪松竹座にて、舞台「ANDO」が大千秋楽を迎えた。2日前に大千秋楽での特別カーテンコールが発表されて、ジュニア情報局会員限定無料配信が行われた。

 

ぶっちゃけめちゃくちゃ身構えた。カテコ配信なんか前代未聞、なにが起きるのか分からなすぎて。

 

 

結果としてはみなさんご存知のとおり、だった。ANDO50公演を経て、の挨拶ではあったんだけど、やっぱり彼らのここ半年強の足跡と、ANDOという物語、もっと言うならおそらくMASSARAからが、いまの彼らと地続きになっていて、切っても切り離せないものだったから。

 

なにが真実だったのか、嘘だったのか、ひた隠しにされていたのか、まだ世に出ていない言葉が、思いがあるのか、そんな話をしたらキリがないので、この日感じた事とこれまでの事を書こうと思う。

 

 

 

ぶっっっちゃけると、ショックだったというよりは、「まあそうだよね、」という気持ちの方が大きかった。

 

これは昨今の情報垢( )の内容を鵜呑みにしてるとか、時系列論がどうとかじゃなくて。

1年と少し前、and JOY!の初日を迎えたあの日、ほんの少しの違和感を覚えて。それでも彼らはいつもと変わらない笑顔でそのステージの上にいて。でも拭えなかった違和感は日に日に少しずつ降り積っていって。現場で、自分の肌で感じたからこそ、なかったことには出来なかった。思えば言葉にしてないだけで、その頃からわたしの心の中ではある程度覚悟を決めなきゃいけないという思いはあったのかもしれない。*1

 

秋を過ぎた頃には無視できないくらいの、現場に通ってない人でも分かるくらいの異様な空気がジュニア全体に流れてたから、どちらにせ時間の問題なのは分かってた。分かってたけど、どうしても諦めがつかなかった。

 

6人でいるところをいつまでも見ていたかった。MASSARAのケイのセリフにあった「楽しくなくてもいいから、みんなといたい」 これがずっと胸につかえて苦しかった。本当にそういう気持ちでいっぱいだった。茨の道でもいいから、行先地獄ゆき特急列車だとしてもいいから、いつまでも6人でいてほしかった。前述した通り分かりきってたはずの未来から目を逸らして、彼らの言葉ひとつひとつに縋ることしかできなかった。今だから言う*2けど、SHOWbizのオーラスでとあるメンバーに「7 MEN 侍 これからも好きでいていい?」ってカンペも見せた。普段のわたしなら絶対持たないようなカンペだけど、その最後のひとかけらですら拾い集めないと気が狂いそうだった。対応してくれた彼には、あのとき笑顔で返してくれて、最後まで信じさせてくれてありがとう。って、やっと言える。

 

 

だから、0216を迎えた時も、ショックで苦しかったけど、「どうしてなの」みたいな気持ちはあんまり無かったかもしれない。いやまあ根本的な問題というか、大元でどうして解体再編成が行われることになったのかは分からないままだけど、こうなるであろうって結果は分かっていた上で半年間目を逸らしていたのは自分なので。

 

あの日から約8ヶ月、未だに2人の姿はまともに見ることが出来ていない。First Beatでの見学は座席位置的に見えない場所で助かった。ツアーは友人に誘われていたが結局ぴあアリーナでのB&ZAIフェス出演が被ってしまって断ってしまった。セトリだけ薄目で見たが行ったら気が狂ったかもしれないな、とは思った。実は夏に忍者の公演に入った時に見学の大光には出くわしてしまい、胃がキュッとなった。*3*4嶺亜の姿は未だに生で見ることはなくて、たぶんみたら泣いてしまうんだろうな、とも思ってる。おたくと同じように、あの日から4人とも、2人の名前はめっきり出さなくなってしまい*5、ああ、こうやってこの先何もなかったかのように、何となく進んで、やっていくんだろうなってぼんやりと感じていた。

 

 

そんな思いを打ち砕かれたのが大千秋楽のカーテンコール挨拶だった。

先述した通り「まあそうだよね」の気持ちが先行しており、7割くらい解けたと自負していたテストの答え合わせをしているような気分だった。やっぱりそうだったんだな、そりゃそうだよね、なんて思いながら、矢花と琳寧の挨拶まで聞いて、どちらかと言うとわたしは、会場のすすり泣く音を聞きながら頭が真っ白になりそうだった。流れが変わったのは、こんぴの挨拶が始まった時。

 

 

侍担だった人達ならわかると思うが、こんぴが表舞台で涙を見せたことは知っている限りいままでおそらく一度もない。まあ侍6人がそもそもそういうことが少ない集団だったけど。だからこそ、こんぴが涙を見せる隙が出来てしまうくらい、私たちには想像も出来ないくらい辛く苦しい時間を過ごしてきたんだなって思って、ただただしんどくて泣いた。

でもそれと同時に、ああこのメンバーは、誰かが涙を流していたら、受け止めて、寄り添ってくれる8人なんだな、って、ホッとしたのもよく覚えてる。長い長い暗闇のような時期を乗り越えて、B&ZAIってそういうチームになったんだなって。

 

そして彼らの挨拶を受けて、「MASSARA」はやっぱり決別の物語であり、「ANDO」は始まりの物語だったんだなって改めて思った。全部全部、脚本も演出も、全てを踏まえた上で創られていたんだなって分かってしまった。ANDOの初日から大千秋楽まで、わたしは「わたしの正解を見つけるため」の公演期間だと思ってこの舞台に通い続けてきた。いろんな考察ブログやツイートが散見されるけど、結局のところただただシンプルに、「今の彼ら」を描いてくれてるんだなって、終盤戦になってぼんやりと感じた。今の彼らって、何を言われても、何があっても、前を向いて歩んでこうとしてるんだ、8人で手を取って。って。

わたしなりの解釈と彼らの想いが交錯した気がして、なんか、結果的に「安堵」できたのかもしれない。彼らの思惑通り。

だから、世間的にはまあ、賛否というか物議というか色々あったのは分かっているが、結果的に、あのカーテンコールがあって良かったな、と私自身は思っている。

 

 

 

 

 

まあでも、そうは言っても実際やってられなくて終演後は(も)めちゃくちゃ泣いた。ありえないくらい泣いた。カテコが押しすぎたせいで居酒屋に入る時間もなくて、えびす橋のまえで友達みんなで缶チューハイを買って開けて飲んだ。涙を堪えきれなくて、でも多分、彼らもわたしたちもこれから前を向いていくための一日だったから、信じられないくらいくだらない話*6をしながら笑顔で酒を飲んだ。こんな気持ちのときに、寄り添って一緒にいてくれる友達がいて良かったなって思えた。カテコで克樹さんや他のみんなが涙を流した時に、駆け寄ってくれる仲間がいるみたいに。克樹さんからもらった縁だから、ずーーーっと大事にしたいなっておもう。克樹さんに今、涙を拭ったり肩を抱いたりしてくれる仲間が傍にいて良かったなって本当に安心した。

 

 

 

そして、大千秋楽から1週間。舞台「ANDO」のテーマソング、「Ain't No Dream Over」がYouTubeで公開された。

 

ぐちゃぐちゃの感情をひた隠しにして前を向こうとしてきた夏を一瞬で無碍にするかのようにかき乱された初日。そこから大千秋楽までを振り返ると、この曲の印象も随分変化した。

 

「ケイ」だった彼は、今年「モッチー」として板の上にいた。アンドウとの終盤のシーン、「この曲のタイトル、『夢は終わらない』って意味だろ」と問いかけた。改めてそのセリフを噛み締めながら観劇した日、彼らの夢はまだ終わらないし、終われない、そのためにB&ZAIがあるんだなって、素直にストンと腑に落ちた気がした。

 

 

克樹さんのパートから始まる2番の冒頭「強がり並べても 自分には嘘つけない 置き去りの昨日 迎えに行こう」という歌詞がすごく好きで。彼らもそうなのかもしれないけど、0216に置き去りになっていた気持ちも丸ごと抱きしめて、前に進むための力を貰えたな、と改めて思っている。

 

 

長かった夏が終わって、彼らは76公演というとんでもない公演数をやり遂げた。

76公演の半分弱くらいは彼らとの時間を過ごしていた、と思う。B&ZAIのことが本当に愛おしくて大好きで、これからにすごく期待してる。だけど0216の時に抱けなかった、6人にありがとうを言う勇気はやっぱりまだない。たぶん2人の姿を見る勇気も。でもいまは、それでもいいなって思えた。

その時は突然訪れるかもしれないし、自分で自分の心に区切りをつけるかもしれない。じわじわと時の流れが解決してくれるかもしれないし、そんな日は一生来ないかもしれない。けど。でも今は、その思い出と共存しながら、歩んでいく覚悟ができた。きっかけをくれた10月25日には感謝してる。彼らの「夢は終わらない」、きっと、まだまだこれからも。

 

 

 

 

 

*1:もうひとつそう感じざるを得なかった理由があるんだけど、これは墓場まで持っていく予定……ではある、一応。

*2:し、普段はうちわの内容の話は絶対しない

*3:しかも自分の座席が2バルの見学付近でさらに胃がキリキリした

*4:檜山くんら4名のユニット曲がSHE SAID…で、大光はどんな顔でこの曲を聞いているんだろうと思ってしまい、そちらを少し見てしまった。後悔した。

*5:つべの合宿で琳寧からは嶺亜が~みたいな発言が一瞬出たが。

*6:主にツアーが平日すぎることへの不満話

2025.02.16に寄せて

 

 


こんなに愛してくれるグループは、もう二度とないと思ったんだ。

 

 

 

ラブソングを歌う時の愛おしそうな目も、MCで突然こちらと会話しようとし出すところも、かと思ったらギラついた雰囲気で客席にタイマン張ってきて、でも絶対最後には笑顔でまたねって言ってくれて。ブログでも現場でも何度も、「痺愛」って呼んでくれた。名乗るのはいい歳して小っ恥ずかしいなって思ってたけど、彼らが呼んでくれるその名前が愛おしくて大きな愛に溢れてて、「痺愛」でいられてよかったなって思ってたんだ。

 

 

 

エモ消化するつもりで書く気は全くない、何度考え直しても憤りしか感じないしそれでもここから覆る事実はなにもない。自分の感情がどう振り切ってしまうかが怖くて過去のYouTubeTikTokが見られない。でも今、今の気持ちを残しておくことに意味があると思ってるから、誰かのお気持ちを目にしたりそれを自分の考えに落とし込んだりする前に、感じてることをそのまま書き起こしておく。

 


無責任に手を離すには長すぎる年月だった。

あとちょっとだけ届かなかった7年の、そのうちの5年弱、思い入れを強くするには十分過ぎる時間と思い出をもらったから。

 


Twitter(頑なにTwitterと書く民)のおすすめ欄が〜〜のときこんなに楽しくて、嬉しくて、みたいな懐古ツイで埋まって、でもなんか日が経てば経つほど実感が薄まっていくから、わたしにとっては現在進行形の思い出なのにな、みたいな不思議な気持ちでそれを薄目でみてる。薄目なのは動画系よりは文字列の方が幾分かマシだけど正面からみると喰らっちゃいそうだから。わたし自分の過去ツイ見るの大好きなんだけどこれも出来なくなったことのひとつ。

 


返してよ、ってシンプルな怒りの感情と、この先どうして行こうかなってまあギリ前向きっぽい気持ちが混在していて、自分でも笑えないくらいこころがふたつあるの、いっそ笑い飛ばして欲しい。この現場で出会った大切な大切な本当に大切な友達たちもどうしようもなくなってて、みんなとバラバラになりたくないよーって苦しみもすごくある。でもそれぞれの思いがあるからわたしのエゴでそばにいて欲しいって言うことも出来なくてそれもつらい。

 


ありがとうって伝えたいことはたくさんあるけど、しっかりと言葉に、形にしたらそれこそ終わりになりそうで、自分の手で幕を降ろしてしまうみたいで、振り返ることも伝えることもまだ出来なさそう。

 


誤脱字だらけで纏まってなかった嶺亜のブログの訳がいま改めてわかった気がした、読んだ直後にもそう思ったけど、自分が書くと改めて、こんな気持ちで書いた文章を推敲しようとかとうてい思えない。

 

 

 

克樹さんのことは大好きだし、これからもそうでありたいって気持ちは揺るがない。こんな仕打ち*1を受けても悲しいくらい自分が純血のおたくであることを実感する、どこかまだ他人事なのかもしれないのもあるかもだけど。一生踏ん切りなんかつけられないかも知れないし、いつか感謝を述べることができる日がくるかも知れない。分からないけど未来のどこかでわたしがこれを読んでも笑える日が来てたらいいなーって思った。でもいまはまだまだ6人が大好きで、その気持ちから抜け出せそうに、ない。

 

*1:エンタメの提供者に対して仕打ちなんて言葉本当は使いたくなかったけど、これは仕打ちと呼ぶに値するとおもう

友人が私のせいでふぉ〜ゆ〜福田担になった

皆さんは、人がアイドルに落ちる瞬間を目の当たりにしたことはありますか?わたしはあります。

 


長いことおたくしてると、友人が新しく担当を増やすところも、誰かから降りるところもまあそれなりに見たことはあったけど、本当に、目の前で、「あ、落ちたな」って思ったのは初めてかもしれない。

 


でもってその相手が誰だったかというと、皆さんご存知ふぉ〜ゆ〜の福田悠太さんだったってわけ。令和も6年になる今???ふぉ〜ゆ〜に?????と思うでしょう。そうでしょう。本日はそんな友人が福田担になるまでのスペクタクルストーリーを記していこうと思う。責任をもって。

 

 

 

時は2024年4月。長年親しんでいたジャ……に別れを告げ、スタートエンターテインメントが再出発のライブを行っていた頃、東京は北千住でひっそりと上演されていた舞台がある。福田悠太さん主演の「東京流れ者」である。

ご存知の通り7 MEN 侍の本髙克樹さんを担当しているわたしは、共演として出演している彼を観るため全通分のチケットを揃えていそいそとシアター1010に通っていた。そんな中、手元に何枚か余らせていたチケットがあり、何人か友人を招待することにした。ここで出てくるのが友人Yである。

 


友人Yは少年忍者・豊田陸人さんの担当であり、わたしのおたく友人としてのよき理解者である。俳優厨でもある彼女はよく現場にわたしを招待してくれるので、招待者として真っ先に頭に浮かんだのが彼女であった。

 


快く来場してくれることになった彼女にわたしは、LINE画面ワンスクロールを埋め尽くすレベルの「東京流れ者・本髙克樹のここを見てくれ集」を送り付けた。送り付けた後に「正直1ミリも何言ってるかわからん」と言われたため、とにかく日替わりネタと克樹さんのソロは絶対よく見ててくれとも伝えた。彼女はサジェストしたものはしっかり見てくれるタイプだと認識していたので、まあなんやかんやで克樹さんのいろんな感想が聞けるだろうな〜と観劇前から楽しみにしていた。

 

 

 

そして迎えた友人Yの観劇当日。余らせていたのはわたしの隣のチケットだったためわたし達は連番で観劇した。そこそこ後方の席だったのでわたしも彼女も双眼鏡をしっかり構えて観劇。克樹さんの役は福田悠太さん演じる哲の腰巾着、健次(通称健)で、ヤクザの抗争に巻き込まれ、ストーリーは後半にいくにつれてどんどん緊張感が高まっていく。が、何か様子がおかしい。当たり前だがおかしいのは板の上ではない。わたしの隣である。

健の出番はほとんど哲が出てるシーンと同時であるのだが、明らかに友人Yの双眼鏡の向きがわたしと違う。なんなら真逆である。真逆ということは誰を見ているかは最早言わなくても明白であった。いやまさかな……と思いつつその日の終演、カーテンコールまでを無事に迎えた。

 


終演後、友人Yの感想が聞きたくてそのまま夕飯に彼女を誘った。早速感想が聞きたくて切り出したが、まあ歯切れの悪い悪い。そこからどうにかこうにか絞り出させた一言は、「福田悠太さん、かっこいいね…………?」だった。シンプルに自分の耳を疑った。

いやかっこいいよ?福ちゃん、かっこいいと思う。東京流れ者の期間を経て、芝居も上手いしめちゃくちゃかっこいい人だなってわたしも思った。思ったんだけどさ???明らかに違うのよ、「かっこいいね…………?」のトーンがよ。彼女曰く、「めちゃくちゃ顔が好き」らしい。彼女はうっかり招待された現場で、うっかり顔がどタイプのアイドルに出会ってしまったのだ。不運と言うべきか幸運と言うべきか……

結果として、パンフレットの熟読、ふぉ〜ゆ〜のYouTubeパフォ動画視聴、他友人達からの猛プッシュ等約1時間の問答を経て、友人Yはふぉ〜ゆ〜のメール会員に登録し帰宅して行った。

 

その後約2ヶ月、激しめの押し問答をした割には彼女から福田悠太さんの名前を聞くことはほとんど無く、わたしもそんな会話をしたことをほぼ忘れていたレベルだった。

そんな中友人ととある舞台を観に行った日の帰りだった。彼女の口から何の前触れもなく、「あ、そういえば私ふぉ〜ゆ〜のツアー行くから」と急に告げられた。え???なんて???と返したと思う。多分。衝撃すぎてどう返答したか正直覚えてない。

曰く、2ヶ月間一旦感情を寝かせて、それでも行きたかったのでツアーで福ちゃんを見てきてそこから福田担になるか考える……という目論見だったとのこと。いや言ってくれよ。教えてくれよ。心臓止まるかとおもったじゃん。

 

そんなこんなで彼女はTDCとオリックス劇場のオーラスに入り、しっかり福ちゃんにメロメロになって帰ってきた。但しこの時点でまだ彼女は福田担では無かった。ハ?って思うよね、わたしも思った。

 

そしてここから更にわたしの頭に?がうかんだのが、覚悟が決まってないから……と言いながら、その後しっかりEndless SHOCKのチケ発を行っていた彼女の姿である。いやなんで?????もうそれは福田担だしふぉ〜ゆ〜担だよ?????落ち着いて?????ちなみにその為に堂本光一さんのFCにまで加入していた。いやガチじゃん……それはガチじゃん……わたし(と周辺友人)と友人Yの「もうそれは福田担」「まだ福田担じゃない」の問答は結局Endless SHOCKが終幕するまで続いた。約4ヶ月、福田担「ではない」状態で福ちゃんの現場に行き続けた彼女は、SHOCKの終幕を経て遂に、「福田担になる」と宣言したのである。

 

 

途中かなり端折ったが、これ以外にも「いやもうそれは福田担だよ認めてくれよ」案件は度々わたしと彼女の間で起こり、そしてそれが起こる度に

友人「どうしてこんな事に……」

私「わたしが東京流れ者に誘ったからですね……」

のくだりを繰り返していた。今回こうやってこの半年強の記録をここに記した理由は、「責任を感じているから」以外の何物でもない。そりゃそうだ。一緒に楽しくジュニア担をしていた友人が突然ふぉ〜ゆ〜担になったのだ。*1とはいえ彼女は福田担になってから更に人生が楽しそうで、まあなんだかんだであの日連れて行ってよかったなあ、とも思っている。ちなみにわたしは責任を取るために辰巳担になるように彼女から再三唆されているが、予定は未定である。

とにもかくにも、彼女の今後の福田担ライフに、幸あれ!

 

 

 

 

*1:尚別に豊田陸人さんからは降りていない。つまり……

自担が「アイドルを辞めないことにした」って言った

 

タイトル通り、自担が「アイドルを辞めないことにしたから」って言った。進学情報誌のインタビューで、大学院に進学した理由として。

 


大学院とアイドル、改めて並べてみると本当に親和性の低さを感じる。近年こそ大学に、とりわけネームバリューの高いところに進学するアイドルは男女問わず増えたけど、大学院までに進んでいくアイドルは本当に稀で。この数年で広がったわたしの様々なアイドル界隈の知見の中でも片手に収まるくらいしか知らない。何故かなんて理由は明白だ。「アイドル」を生業として生きていく人間が、修士以上を修める必要はまず、ない。

 


でも彼は「アイドルを辞めない」から修士に進むと決めたと話していた。研究を仕事に活かしたいから、と。

 


アイドルと学歴、この2つが結びつく先は現状の芸能界だとかなり道が限られる。クイズ番組の常連になるか、報道番組のキャスターやコメンテーターになるか、或いは学んだ専門知識を活かした特殊性の高い仕事の道を切り開くか、思いつく限りだとこれくらいだと思う。どちらかというと、アイドルと言うよりタレント性の高い道なんだと思う。(もちろん日本のアイドルはテレビタレントの側面も大きく担ってるから間違いではないんだけど。)

 


でもそうじゃなくて、彼は「アイドル」であるために院進して、研究をして、学会で賞をとって、博士後期課程にまで進んで、それでは飽き足らず通信制大学で追加の単位まで取得している。誰もが楽しめるエンタメをつくりだすために、その探究心の歩みを止めずにいるんだと、今回のインタビュー記事を読んで分かった。

 

 

 

 


と、ここまでが前段なんだけど(長い)。

正直彼の研究内容に関しては散々ここまで様々な媒体に出てきた内容だったからそこまでの驚きはなくて、「アイドルを辞めないことにした」から大学院に進学した、という話に立ち戻って純粋に驚いてる。

 


わたし自身はそこまでそう思ってたわけじゃないけど、同担各位の皆さんは結構、彼がいつか「アイドル」でなくなってしまう日を恐れてるように思う。セカンドキャリアに進むことなんか彼にとって容易なことだろうから。

 


わたしはまあ、彼がおたく人生で最後の自担になる(はずだ)と思ってるし、なるべく長くアイドルでいる姿を見ていたいけど、どういう行く末になってもそれはそれで……という妙な腹のくくり方もしていた。それだけたくさんの人間が様々な形であの事務所から去っていく様を見てきたし。ショックはそりゃそうなったら受けるだろうけどさ……

 


でも全然、わたしたちが思っていたよりずっと、彼は「アイドル」でいる自分のことを愛してくれてるんだなって、その一文だけでよく分かった。おたく特有の拡大解釈と言われてしまえばそれまでだし実際そうなのかもしれないけど!でも昨今の情勢鑑みて、かつ今の立場にあって、それでいて6年も前の*1自身の「アイドルを辞めない」って決心を、今このタイミングのインタビュー記事で話せるって、アイドルでいる自分が好きじゃなきゃ出来ないと思うんだよね。

 


もちろんこの先どうなるかなんて誰にも分からないし、描いた通りに進んでいく未来ばかりじゃないかもしれない。でも今の彼が、その決断をした時と変わらずそう思っていてくれるだけで、それだけで彼のおたくをしていてよかったなって本気で思えて胸がぎゅーーーっとなる、すごく価値のあるインタビューだった。

文字にするとなんか凄く薄っぺらい感情に見えて自分の文章力の無さに絶望するんだけど、今日も「アイドル」である彼のことが好きでよかったなって、そう魅せて思わせてくれる本髙克樹くんのことが、明日もその先もきっと大好きです。

 

 

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上記までが「大学院・通信制大学2025」を読んで殴り書きしたブログである。本当はこの下にちょっとした自分語りを追記してそのうち落ち着いたら公開するか〜くらいの気持ちだったんだけど、ちょっとこの2、3ヶ月でまたいろいろと情報が出てきてこちらにも言及したくなってきたので、下書きに突っ込んでた記事を引っ張ってきた。

 

 

本髙克樹さん、情報誌インタビューの時点では「博士後期課程の他に通信制大学にも通っている」という旨の言及に留めていたのに*2、翌週のブログでは「教育に関する科目を取っており」という発言があり*3、さらに約2ヶ月後のブログでは「教職課程もほとんどが修了」という記載を残している*4

 

私自身の元々の知識と今回改めて調べ直した内容を踏まえても、「教職課程」という文字面が文字通りの意味を指しているのであれば、十中八九本髙克樹さんは教員免許を取得しようとしている、ということになる。いやなんで?

 

とここまで書いておいて改めて調べてみたのだが、教育学部卒代表こと(?)Aぇ!group小島健さんも教職課程は取っていたものの免許は持っていないということを今知った。まあやっぱり芸能活動しながらの教育実習はさすがにネックだよね……と考えると克樹さんも免許取得までは至らないかもなあ。他にも歴代事務所所属メンバーの中で在籍中に教育学部卒がいたら誰か教えてください。

でも万が一免許取得に至ったらすごく"面白い"って思ってるから、克樹さんは続報をぜひいつか教えて欲しいなあ。どうして教職を取ろうと思ったのかも併せて伝えてくれたら嬉しい。克樹さんの興味がなんで教育に向いたのか、すごく興味深いし絶対知りたい。

 

 

わたしは歴代自担も比較的大卒が多くて所謂学歴厨、なんだと思う。大卒のアイドルが好きな理由はまあいろいろある。けどその中でも克樹さんは本当に知的探究心が強くて、それをエンタメに昇華してくれる姿を常に見せてくれるところがめちゃくちゃ大好きだ。本髙担ってそういう彼の姿が好きな人が比較的多いと思うんだけど、本人もそれを嬉々としてやってる姿を見せてくれるところが更に好きだなって思う。

 

王道のエンタメとはちょっと違うかもしれないけど、克樹さんの人生をそのまままるごと楽しませてくれる*5、そんな姿を愛しているから、これからも「アイドル」として、どんどんわたしたちをびっくりさせるような挑戦に挑んでほしいなって。インタビューを読んでツアーと舞台を終えた今、改めて「アイドル」でいてくれる彼のことが大好きだと思えたので、この文章を公開することでその気持ちをちゃんとインターネットの海の中に残しておくこととする。次はどんな姿で、本髙担のことをワクワクさせてくれるのか、本当に本当に楽しみだなあ。

 

 

*1:グループ結成に伴ってって書いていたので6年前とジャッジ、ちがったらごめん

*2:当該雑誌の発売は7月10日

*3:2024年7月16日異端侍日報〜侍ふ。〜より

*4:2024年9月17日異端侍日報〜侍ふ。〜より

*5:本人も2024年7月16日異端侍日報〜侍ふ。〜 にて同様の話をしていた

沼落ちのその後 〜夏の終わりに寄せて〜


こんにちは、きょんです。

 

 

allofmylove.hatenablog.com

 

 

ブログを書くのが1年ぶりらしいです。1年前のブログは本髙克樹くんにすってんころりんしたお話でした。

 

さて、先のブログにてわたしは最後に、「本髙担を名乗るに至るにはまだちょっと勇気が出ない」と書いて文章を締めました。その後どうなったかなんですけど。

 

本髙担始めました

 

冷やし中華のノリで発表すな。
いや〜〜〜ぶっちゃけあのブログを書いた時点でマインドはじゅうぶん本髙担だったんです、分かってます、周囲の友人には散々「もう本髙担でしょ」って突っ込まれました。すいませんでした、あの時点で本髙担です。

 

 

まあそんなわけでおそらく7年ぶり?*1に新しい自担ができました。*2*3

とはいえなんというか、生で見たこともない子を自担って呼ぶのはな……みたいな気持ちがあって名乗るのはひよってたんですけど、それが打ち消されたのが2020.08.17、「ROCK READING 幸福王子」の発表でした。

 


www.youtube.com

 

サマパラ配信終わってものの1週間足らず、発表されたのはまさかの主演舞台。どういうことですか???
いやーーーめちゃくちゃびっくりしました。もとだかくんは3月に外部舞台をやったばかりだったので*4、まさかそんなすぐに舞台仕事が回ってくるとは微塵も思っておらず………………

 

そして迎えた10月。一応仕事柄平日がかなり休みにくい&帰りにくいので、土日のチケだけを揃えた状態で初日を迎えました。

 

結果からいいます。すーーーーーっごくよかった。びっくりするほどよかった。


初日の公演があまりにもよすぎて、この日のマチソワ間に冷静さを完全に失ったわたしは交換含めチケ取り引きを3枚成立させました。

 

そこからはもう怒涛の日々でした。完全に行く気のなかった平日ソワレを次々揃え、あの手この手を使って職場を脱出し北千住へ向かう日々……体はそこそこ悲鳴をあげていましたが*5、とにかく本当に本当に楽しかった、その気持ちだけで通ってました。もとだかくんのお演技からはいつもお芝居に向き合う気持ちとか、彼なりの王子像とか、セリフに込めた思いとか、そういうものが全部伝わってきて、ひとつ残らず零さずに受けとめきりたくて、それができる日々が何よりも幸せだって思えました。時勢柄不安もありましたが、この作品の完走を見届けられたのは一生の宝物だな、と思っています。もとだかくんに本気になる覚悟ができた舞台期間でした。

 

 

ということで本髙担として第3次くらいのジャニヲタ人生がスタートしました。5年前のわたしに言ったら驚いて腰を抜かすと思います。ジャニヲタ人生最後に担当するなら安井謙太郎さんになるだろうなって思ってたし*6、そうじゃないならなにきんの亡霊として*7いずれかのメンバーのおたくしてるかもとも思ってたし、まさか自分より年下の子のおたくするなんて思ってもなかった。何よりも、*8まさか中村嶺亜さんのいるグループのおたくをすることになるなんて、本当にこれっぽっちも思ってなかったので、スノープリンス合唱団をニコニコ楽しんでた約10年前のわたしはきっと目ん玉ひん剥いてるでしょう。ジャニーズJr.ランドで見ていた子のひとり、グループの移り変わりが目まぐるしかった時代に何となく認識していた子のひとり、本当にそれだけの印象だったんだけどなあ。人生とは分からないものですね。

 

まあありがたいことに、もとだかくんの担当になってから個人としてもグループとしても仕事がひっきりなしに続いていたので、どれもこれも楽しく通わせてもらいました。前述した幸福王子から始まり、DREAM BOYS、シアタークリエのジャニーズ銀座公演、もとだかくんだけじゃなくて7 MEN 侍の他メンバーの外部舞台もたくさん行きました。もとだかくんがいちばんなのは揺るがないけど、7 MEN 侍のメンバーのことを日に日に好きになれるのが嬉しくて仕方なかったです。侍のおたくになって新しくできた友達にも感謝しています。

 

そして季節は巡って2021年夏。7 MEN 侍としては初のEXシアターでの単独ライブ、サマステライブ THE FUTUREが開幕しました。昨年夏の配信単独ライブを見て以来の夏の公演です。
クリエは配信公演をベースにセトリを組んだと言っていたので、今回は本当に本当にまっさらでつくられているはずのセトリ、メンバーが各種媒体で口にする「挑戦」の2文字……何が起こるんだろう、という期待半分、この公演をみてわたし自身は何を感じてどんな気持ちになってしまうんだろう、という不安ともなんとも形容し難い感情半分、という感じで初日を迎えました。

 

これも結論から言います、すごくすごくすごく楽しいライブだった。楽しいなんて言葉じゃ足りないくらい。


M1、嶺亜のアカペラから始まるサムダマはMステDVDの和Ver.になってて。数回見て気付いたけどDVDに収録されたのとはまたちょっとだけアレンジが変わってた*9。バンドアレンジは入れ込みにすごく時間がかかるはずなのに、初めて聴く曲だらけでセットリストの半分は新規曲。既に披露したことのある曲も何曲かアレンジや歌割りの変更がありました。クリエの公演から2ヶ月しか経ってない、しかもその間メンバーの半分は舞台をやっていたにも関わらず……
もちろんバンドだけじゃない、ダンス曲も新しいのを入れてきて、ソロも各々新しいパフォーマンスを用意してきて。個人的にぐっときたのはM9の「うやむや」でスクリーンに流された嶺亜のイラスト。途中、カレンダーのイラストが出てきて、日付にバツを書き込みながらサマステまでのカウントダウンが始まるんだけど、初日を迎えたそこはEXシアターじゃなくて。7 MEN 侍が立ってるのは日本武道館。あまりの夢の世界で。初日ちょっと泣いちゃったのは秘密です。あ、この人たちここで立ち止まる人たちじゃないんだなって、わたしたちが思ってたよりももっともっと先を見据えてるんだなって感じてすごく嬉しくなった。本編ラストの「ここに」も、クリエで聴いたときより何倍も力強くて。7 MEN 侍の覚悟を感じざるを得ないというか、ダイレクトに苦しいくらい伝わってきたというか。もちろんこれは関ジャニ∞のオリジナル楽曲ではあるんだけど、2021年の彼らのテーマソングなんだろうなあ、と感じました。彼らが全力で伝えに来てくれるから、届けてくれるから、わたしのできる限りを尽くして気持ちを届けたくてペンライトを振りました。

 

あとはオーラスの全員の挨拶が忘れられなくて。少なからずこの人たちは、わたしたちが思ってたよりもちゃんと不安な気持ちも高みを目指す気持ちもちゃんと持ち合わせているんだなって実感できたのが大きかったです。気づけばびっくりするほどこの事務所のおたくをやってきて、もちろん最終的には応援している人にデビューを目指してほしいって気持ちはあるけど、でも彼らのやりたいことを押し殺したり奪われていったりする可能性があるくらいなら、そうじゃない道を選んでもいいんじゃないかなって思いも少なからずあった。デビューしてほしいって気持ちを抱いたり、おたくが勝手に焦ること自体、こっちのエゴなんじゃないかなって、それこそサマステの期間中に悩んでいたこともありました。今までそういうことを言葉にしてくる人たちじゃなかったから余計に……

でも本当に、そうじゃなくて、秘めていただけでこの人たちの中には、想像してたよりも何倍も大きくて熱い気持ちがあるんだって教えてもらえたオーラス挨拶だった。勝手にエゴだとか、この先どんな気持ちで応援していくのが最適解なんだろうとか、そんな風に悩んでるわたしのこと、バカだなって笑い飛ばしてもらえたような、そんな挨拶。わたしは重苦しいおたくなので、あんな挨拶聞かされたらもう離れられなくなっちゃうよ。

 

 

挨拶聞いて、ここにのAメロの大光の顔みて泣いて、だばだばになってたのに、いつも通りの力強いJUMBO届けてくれて、最後はWアンコールの罪と夏で笑顔で締めてくれるとこまで、めちゃくちゃ7 MEN 侍らしくてサイコーだった!

 

 

大好きなもとだかくんが、大好きな7 MEN 侍が、覚悟を決めて、腹括って、走っていくんだって決心したこのサマステ、通い切れて本当によかった!

たぶんおそらく、もとだかくんがわたしのおたく人生で自担と名乗る最後の人になると思うので*10*11、わたしのできる限りをかけて応援したいなあと思うのです。

 

いつの時代もおたくは誰よりも強くて、誰よりも無力な存在であるということをわたしは知っています。だから、連れていくよなんておこがましいことを言うつもりは到底ありません。でも、黙って連れて行ってもらうだけのつもりもまたないので!もとだかくん、7 MEN 侍のみんな、ぜったい一緒に武道館に行こうね!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~ここから(´・ω・`)よだん~~~

 

矢花ブログ風に余談開始すな。

上のサマステVer.サムダマの話でDVDVer.ともアレンジ違う気がする!って書いたんですが(このあたりの文章を書いたのは8月半ば)、9/15に上がった矢花さんのブログを読んだところマジでオリジナルと和Ver.を織り交ぜてリアレンジしてたらしいということが判明してヒョっとなった。なんやかんや自分の耳がちゃんと進化しててニコニコしました。下にライブ映像とリズム隊の島動画リンク張ったからみんな見てね。*12

 

タイトル通りちゃんと夏の終わりに寄せてアップする予定だったブログですが、何やかんやありもうドリボも中盤戦。どうしてこうなった。まあ夏の派手髪克樹さんが9月も派手髪(しかも2020年に幻と化したピンク!!!!!)してくれてるので実質まだ夏です!ドリボ後半戦も来月からのロビンも!もとだかくんと過ごせる季節がまだ続くのが本当に嬉しい!!!フォロワーはよく分かってると思いますが、わたしはROCK READINGに狂わされたおたくなので、本当にどんな作品が繰り出されてくるのか今から戦々恐々としております!早くロビンに通いたい!!!

ということでびっくり5000字超えのブログともお別れです!次回はロビン感想&公演期間中の気狂い記録ブログでお会いしましょう!!!*13

 

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*1:2020.08時点

*2:阿部くんのことを自担とは名乗れないな……となるなどしたので……

*3:最後に自担になったのは2013年の淳太

*4:コロナの影響でかなりの公演数中止になりましたが、一応公演は行われたので…

*5:※この年のわたしは夏に疾患が見つかり入院療養をしていた

*6:もう名前出してもいいよね?みんなお察しなので!デビューおめでとうございます!!!

*7:今も亡霊ですが……

*8:これはTwitterでことあるごとに言ってるのでフォロワーは耳タコですね

*9:和太鼓が打ち込みで箏がピアノアレンジになってたのを差し引いても、メロディラインのアレンジが少し変わってた気がする

*10:自分の実年齢的にも残りのおたく余生そこまで長くないと思っているので

*11:といいつつしれっと自担増やしたり10年後20年後もおたくしたりしてたら笑ってくださいね!

*12:つべの映像の音が若干残念ですが……

*13:幸福王子の話もやっと1年後にしたのにそんなブログ本当に書くのか!?!?乞うご期待!!!